野生の勘は甘くない

 お茶の時間にしようぜ。
 授業終わりにそんなハイソサエティなことを言う友達は一人しかいない。
 その呟きを三角の耳で拾い上げたラギーは、すかさず後ろを向いて声の主に話しかける。
「カリム君、今日はなんのお茶ッスか?」
 ラギーが目を輝かせて聞くと、白い髪の男の子—―カリムが笑い返してきた。
「今日はアップルティーだぜ。飲むか?」
「いただくッス!」
 ラギーは期待通りの展開にガッツポーズをする。カリムはとても気前がよくて、ラギーによく飲み物や食べ物を分けてくれる。故郷と違って学園にいる限り飢えることはないけれど、貰えるものは貰うのがラギー流だ。
「ついでに甘いものも出てきちゃったりとか?」
「おっ、わかるか? バクラヴァ持たせてもらってるんだ!」
「なになに、なんスかそれ!」
 カリムはカバンからタッパーを取り出し、蓋を開けた。カリムは中からひし形のお菓子を摘んで、ラギーに差し出してきた。
「ほら、口開けろ」
「あっ、手に頂戴!」
 ラギーは慌てて片手を差し出す。この歳になってアーンしては恥ずかしいし、なぜか斜め上からの圧が凄い。ラギーは重圧を気にしないように、掌に供されたお菓子を口に運んだ。バターと砂糖とナッツの香りが口いっぱいに幸せを運んでくる。
「贅沢の味がするッス……!」
「うまいだろ! ジャミル、お菓子も上手なんだ!」
 カリムは従者を褒めながら、容器に紅茶を注いだ。お裾分け用に持ち歩いているという紙のカップに、ラギーの分とカリムの分、ともうひとつ。ラギーにお茶を手渡すと、もうひとつを隣で静かに微笑む背の高い男に差し出した。
「ほい、ジェイドも」
「ありがとうございます。では僕からはこちらを」
「ありがとう!」
 ジェイドと呼ばれた青年は、慣れた手つきでカリムとカップを交換した。ラギーの前にも小さな容器がコトンと置かれる。
「おっ、春摘みか?」
「ご名答です。昨日、ラウンジに出入りしている業者から仕入れました」
「そろそろ時期だもんな。そっちの仕入れなら間違いなしだ!」
 ニコニコしてお茶を試すカリムを、これまたニコニコしたジェイドが見守っている。ラギーはバクラヴァを噛みながらその光景をぼけっと見ていた。
(へーんな組み合わせッスねぇ)
 いらふわなカリムと、ちょっと違った感じに不思議な人魚のジェイド。ウィンターホリデーの後、この二人は何が噛み合ったのか一緒に居ることが増えた。ハロウィン前には予算のことで長々言い争いをしていたのに、仲が悪いというわけではなかったらしい。
(クラスも寮も部活も違うでしょ、ジェイド君はいらふわって感じはしないし……まあいいけど)
 いくら考えても共通点が見えてこなかったので、ラギーは考えるのをやめた。
「ねえ、春摘みっていつものお茶となにか違うんスか?」
 何の気なしにラギーが尋ねると、ジェイドが薄い唇を開く。
「簡単に言うと、摘み取る時期で味や風味が変わるんですよ」
「へぇ、いつ採っても同じってわけにはならないんスね。でも品質不均一、ってワケじゃないんでしょ?」
「あえて摘む季節を分けて、味とかの違いをウリにしてるんだ」
 ラギーはふうん、と返事した。ラギーにはあまり実感が湧かないけれど、お金持ちの人達はこういうお上品な楽しみをするものなんだろう。
(この話もいつか、何かの得になるんスかねぇ)
 お茶を飲みながら情報交換なんて、故郷でそんな時間があっただろうか。不思議な縁だ、ラギーはしみじみしながら紅茶を口に運ぶ。フワッと林檎の香りが広がる。たぶん、砂糖がないから香りがよく分かるのだろう。さっきのお菓子が甘かったから、甘みのバランスがちょうどいい。
「じゃあこの紅茶も良い奴なんスか?」
「いや? それはサムの店でも買えるお茶だ」
「えっ、めっちゃ庶民的!」
 カリムは仰天するラギーに笑いかけた。
「ちょっと聞いてみたらIN STOCK! ってさ。うちの寮でも人気なんだぜ」
「でも、カリム君が買うんだもん。お高いんでしょ?」
「僕でも手が出る値段でしたよ。カリムさんが宣伝されているので品薄のようですが」
「へぇ、このお茶そんなに流行ってんスね……」
 ラギーはしげしげとお茶を覗き込む。確かにインフルエンサーのヴィル程ではないが、熱砂の大富豪推薦とあれば箔がつきそうだ。
(買い占めて転売すればひと儲け……いや、ダメッスね、その前にサムさんが入荷量増やしてきそうッス)
 残念ながらお金には繋がらなさそうだ。ラギーは少しがっかりした。
「しかし、お上手ですね。サムさんの所に利益還元されるなんて」
「ええ、どういうことッスか?」
 ラギーが聞き返すと、カリムは照れくさそうに話した。
「宴の買い出しをサムの店でしてるんだけど、何かと融通してもらっててさ。この前、なんかお礼できることはないか? って聞いたら、発注ミスで在庫抱えてるお茶があって困ってるって言ってたんだ。試しにジャミルと飲んだら美味しかったから、何個か買ってお裾分けしてるんだよ」
「うーん、つまり、カリム君が広告塔になって、元手ゼロで商品のコマーシャルしてるみたいな?」
「そうなりますね」
「オレは好きなものをオススメしてるだけなんだけどな、あっはっは!」
「ふーん、意外と色んなこと考えてるんだ」
 普段こんなにぽやぽやしてんのに。ラギーはしげしげとカリムを見る。
「ふふ、面白いでしょう? これを素面でやってのけるところがなんとも」
 そうしていると、なぜかジェイドがラギーに微笑みかけた。訳知り顔で誰かを自慢する姿が、さっき自分の従者を褒めたカリムと重なる。
 ピコーン、ラギーの頭に何かが降りた。
「わかったかも」
「ん? 何がだ?」
 ラギーがこぼした言葉を拾い、カリムが首を傾げる。
「紅茶が好きで、自分の意見をなかなか譲らなかったり、身内を楽しそうに自慢したり……二人は意外と似た者同士なんスね。だから気が合うんだ」
 ラギーは何の気なしに指摘した。それだけだった。だったのだけど。
「……そっか、確かにそうかもな!」
 返答に一拍遅れたカリムと、瞳孔を開いたまま黙ったジェイド。
 どこか慌てた2人の様子に、ラギーはピキンと感じるものがあった。
(ははぁん?)
 ラギーはこれを知っている。ちょっとマセた故郷のチビ達と、昨年くらいに同じようなやり取りをした。
 ラギーはにんまり笑うと席を立つ。
「さて、ご馳走様ッス。またなんか仕入れたら教えてね、お似合いのお二人さん?」
 貰えるものは貰うし、オイシイ話は逃がさない。これもラギー流である。
 サバンナじゃ一拍遅れも命取りだ。強くて賢い人魚も熱砂の大富豪も、隙を見せたらガブリと一発やられてしまう。
(さーて、二人がくっついたら仲介料、なに貰っちゃおうかな~)
 いい感じになった二人に背を向けて、ラギーはシシシッと笑った。

 さて、物語にはまだ続きがある。
 次にカリムが口を開いたのは、ラギーが教室を出たあとの事だった。
「嬉しいな。オレたち、お似合いだってさ」
「ふふふ、僕もです」
 頭の後ろで手を組み、カリムは嬉しそうに重心を倒した。その背中を、黒い革に包まれた手が支える。カリムはジェイドの手に体重を預けたまま、手の持ち主を見やった。
「バレたと思うか? オレたちのこと」
「いいえ。おそらく両片思いだと思われているかと」
 ジェイドは答えながら、カリムの姿勢を元に戻した。
「なぁ、バレたらどうしてた?」
「特になにも。聞かれないから言わないだけで、秘密ではありませんし」
「そうだよなぁ。ほれ、あーん」
 カリムはおもむろにバクラヴァをひとつ摘むと、ジェイドの口元に持っていく。ジェイドはくすりと笑うと口を開いた。ついでとばかりに指をペロリと舐めると、カリムはくふくふ笑う。
「うまいか?」
「ええ、とても美味しいです」
 なんとも親密なこの二人、一番の共通点は『意外と秘密主義者』であることなのだが……そのせいで、実は付き合っているという事実も見抜かれなかったらしい。
「ラギーには今度教えてやろうな。騙したみたいで可哀想だし」
「そうですね」
 似た者同士の恋人達は、同じタイミングでお茶を啜った。