プロローグ
「誕生日プレゼント?」
尋ねると、少年はターバンの結び目を下に傾げた。少しだけ考えて、にっこり笑って答える。
「メッセージカードがいいな!」
ひかりあれ
おはようカリム。奇遇だな、登校の時に会うなんて。ジャミルは一緒じゃないのか? ……そうか、今日は別行動なんだな。
カリム、誕生日おめでとう。お前に出逢えて、友達になれたことを嬉しく思っている。プレゼントにメッセージカードが欲しいと聞いたから、教室に着いたら渡そう。
ところで、なぜメッセージカードがいいと言ったんだ?
……メッセージカード1枚を書く時間? おそらく、一枚十五分程だろうか。その時間、自分のことを思ってくれるのが嬉しいから、か。カリムらしいな。
自分の祝い事を一緒に祝ってくれることが嬉しいという気持ちは、種族が違っても同じだ。決してバカにはしない。
教室に着いたぞ。…………驚いているようだな。
メッセージカードの大きさは指定はなかったはずだ。だから、クラスメイトのみんなと寄せ書きを作ったんだ。みんな、カリムのことを祝福している。
おめでとう、カリム。お前の未来が幸福に満ち溢れたものになることを祈っている。
カリム、おはよう。そして誕生日おめでとう。
そんなに喜ぶかい? たかだかメッセージカードだろう? パーティの時にはプレゼントもあげるから、それまで喜ぶのはとっておきなよ。ケイトもリリア先輩と一緒に何かを練習していたようだから、楽しみにしているといい。
ところでそれ、もうそんなにカードを貰ったのかい? 片手じゃ持ちきれていないじゃないか。まだ一限も始まっていないというのに、君ときたら相変わらずだね。
……ねぇカリム。カリムはいつも、僕やアズールのことをすごいって、もっと頑張らないとって言うよね。けどね、カリム。カリムはもう既に素敵な力を持っているんだよ。こんなにたくさん、カリムのことを思ってくれた生徒がいたんだ。彼らの気持ちを誇りに胸を張るといい。
改めておめでとう、カリム。放課後を楽しみにしているよ。
カリムくん、お誕生日おめでとう! 今日の宴、絶対行くッスからね!
で、オレからもこれ。メッセージカード、ほんとにこんなのが誕プレでいいんスか? オレだったらもっと、ぐーんと豪華なやつ、頼んじゃうッスけど!
……そっか、いいんだ。カリムくん、ガツガツしてるタイプじゃないもんね。
でも、いつもご馳走になってるのに、誕プレがこれだけっていうのもアレだから、あとでとっておきを見せてあげるッスね。
ねぇカリムくん、オレの隣のコレさ、レオナさんからなんスけど、なに書いてあるかわかんねーっつーか……えっ、わかるの? へぇ、夕焼けの草原の福音、しかも王族が使うやつって……こんな走り書きなのによく読めるッスね。つか、レオナさんこんなところに走り書きにしなくても……まあ、今日の宴には肉食いに顔出すって言ってたから、直接お礼を言ったげて。
じゃ、また後でね!
お誕生日おめでとうございます、カリムさん。
こちら、誕生日プレゼントのモストロラウンジ割引券です。当店にもまたご来店下さいね。ホールスタッフの人事派遣も随時承りますので。
……さて、ここからは個人的な話になりますが……改めておめでとうございます。誕生日プレゼントにメッセージカードだけでいいなんて、不思議な方だ。僕ならもっと有効に……まあ、誕生日くらい下世話な話はやめておきましょう。
お詫びにもうひとつ、僕からとっておきの怪談をお聞かせしましょう。
近頃、ジェイドとフロイドの部屋から夜な夜な聞きなれない音がするんです。あれは弦楽器と太鼓の音ですね。何かを練習しているようです。怖いでしょう? なにをやらかすつもりなのやら。
あの邪悪なウツボ共、よほど気が向かないと誰かを喜ばせるために無償で練習したりなどしないのですが……ああ、僕としたことが、普段の腹いせが過ぎました!
アレらが悪さをするといけないので、今夜の宴は間違いなく伺います。お楽しみに、カリムさん。
カリム、誕生日おめでとう。
メッセージカードだけじゃメンツが立たないから、プレゼントを持ってきたわ。アタシの新作の化粧品。カリムの肌質に合わせて調合したの、使ってちょうだい。せっかく見られる立場にいるんだから、磨いて生かさなきゃ損よ。
……あとルーク、食堂で詩の朗読はよしなさい。封筒に便箋が詰まってギッチギチじゃない、どんだけ書いたの! ネージュに言いつけるわよ、全く。
それにしてもすごい量ね、カード。……それだけ、あんたを慕う人がいるってことね。……ファン、って有難いわよね。大事にしなさい。
アタシはこれから仕事で、残念ながら宴には行けないけど、ルークとエペルが代理で伺うわ。よろしくね。
良い日を過ごしてね、カリム。おめでとう。
カリム・アルアジームさん、誕生日おめでとう!
いつも仲良くしてくれてありがとう。僕からもメッセージカードを書いてきたよ。貰って欲しいな!
……ふふ、心拍数が上がった、口角が上昇してるね、喜んでくれて嬉しいよ。
字が上手? 嬉しいな! 実はね、このカードを書く時に、筆記の機能をつけて欲しいって兄さんにお願いしたんだ。だってメッセージカードでしょう? せっかくだから手書きで書きたかったんだ!
これは試し書きのために書いたカードなんだけど……カリム氏gzだって。gzってね、おめでとうって意味みたい。兄さんがオンラインゲームをする時に使ってるからわかるんだ。これもこっそりあげるね!
僕の誕生日はもう少し先なのに、新しいプレゼントを貰った気分だよ。カリム・アルアジームさん、ありがとう!
カリム寮長、お誕生日おめでとうございます!
これ、寮生の分です。部屋に運んでおきますから後でゆっくり読んでくださいね。
見てください、宴の準備、僕達だけでもスムーズに出来るようになりました。副寮長はご自宅からの贈り物の処理で手一杯だって聞いて、段取りや発注も頑張ったんですよ。きっと、寮長が宴を提案しなければ、こんな経験できなかったでしょうね。
最初はちょっと面倒だったけど、周りを見て自分から動くのって、いい訓練になるんですね。この前も、準備の手際がいいって先生に褒められました。
寮長……僕、寮長が寮長で良かったって思ってます。ちょっと頼りないところとかもあるけど、優しくて気のいい寮長だから、ついて行きたいって思えたんです。
生まれてきてくれて、俺達の寮長になってくれて、ありがとうございます。素敵な宴にしましょうね。
アジーム、今日は招待くれて感謝する。……本当に呼んでくれたのだな。
今日は誕生日だそうじゃないか、誕生日おめでとう。
プレゼントはカードがいいとリリアに聞いた。これで良いだろうか? ……フフフ、喜んでいるな。無垢な子供のようだ。シルバーやリリアが気に入るだけあるな。ついでにこれも付けておけ。お前といえばヘアバンドだと思い、準備した。
……無垢なるは、得難いことだ。長く生きて、苦しむことが多ければ尚更……僕も王族の一端、お前の国や家の事も少しは知っているつもりだ。
だが……ここで手前勝手に「茨の谷に来い」と言うのは傲慢なのだろう。お前はお前の意思で嫡子をしている。それを外野が憐れんだり、憤ったりするのは、少し鬱陶しくもある。……上に立つもののことは、上に立つものにしかわからない。
人間の世に嫌気が差したら来るといい。茨の谷は歓迎しよう。
今日は厄介になるぞ、アジーム。僕はあちらでアイスクリームを頂いてくる。
そら、オクタヴィネルのリーチ達がなにか始めるようだぞ。
ラッコちゃん、誕生日おめでと。はいこれカード。
演奏聞いてくれた? 上手いでしょ、けっこー練習した。コレさ、ラッコちゃんがくれた楽器。ジェイドと相談して、プレゼントは演奏にしようって決めて練習したんだよね。久々にマジんなったから腕疲れたァ……ちょっと、ラッコちゃん主賓でしょ? マッサージしなくていいから座ってアイス食ってなよ。
フーン、今までのどの宴よりも幸せって? だよね、だってオレ達がこんなに盛り上げたんだもん。なかなかここまでしないよ? 出血大サービス、ってやつ。
お返ししたいんならさ、踊って。オレ達もう一曲練習したの。それで踊ってよ。あのしゃらしゃらヒラヒラする踊り。
ヘンなリズムだけど、嫌いじゃないよ。また一緒に踊ろうね、ラッコちゃん。
お疲れ様でした、カリムさん。
やはり習われていただけあって踊りがお上手ですね。その上お歌まで歌われるとは。人魚も歌とは縁が深いですが、なるほど。音楽は種族を超えますね。観客だけじゃなく、僕まで手が止まりそうになりました。ふふ。
曲の演奏をするために久々に楽器を弾きましたが、陸の楽器もなかなかに興味深かったです。この楽器、僕らの昔話を聞いて誂えて下さったのでしょう? ホスピタリティに感心致します。これも、大商家の嫡男たる所以でしょうか。
ねぇ、覚えていてください、カリムさん。僕達は決して、貴方がお金持ちだからこんなことをした訳じゃないのです。僕もフロイドも、楽しいからしたのです。フロイドや僕、皆さんの好意、真っ直ぐに受け取ってくださいね。
さて、僕達は一度楽器を仕舞ってきますね。後で改めてお伺いしますから、メッセージカードはその時にお渡しします。
こちらは終わったぞ。
これが直送された贈り物のリストだ。アジーム家から手伝いを寄越して貰って振り分けした。差出人、中身、おおよその金額、メッセージの内容……あとトラップの有無も指示通り書いておいた。
今年は文化祭の影響が大きかったようだ。昨年より学園にプレゼントを寄越す輩が多かった。おかげで処理に一日がかりだ。はぁ、疲れた。
……礼を言われるためにやったわけじゃない。従者としての仕事のうちだ。やめろ。
……なあ、なんでメッセージカードなんだ?
貰った食べ物は受け付けない、プレゼントは直接受け取れないどころか、検問が敷かれてる。誰からでも直接受け取れるからか? ならお前はやっぱり甘ちゃんだ。そのカードに毒や呪いがあったらどうする。
まあ……いい。そこに箱があるだろ。その抱えきれないほど貰ったメッセージカードを入れるといい。
……そう、だな。
そこまで綺麗な理由じゃない、かもしれない。
理由はみっつある。まず、今はちょうどテスト週間だし、みんなに負担なくお願いできるならこれかな、って思った。ふたつ、気持ちが欲しかったんだ。心からのお祝い、言って欲しかった。メッセージカードって、嫌いな奴にはあまり書かないだろ? 仕事とかの関わりがある時以外。最後、これをもっていれば、ずっと強くなれる気がしたんだ。
ジャミル、ひとりが友達にメッセージカードを書く時間はどれぐらいだ? メッセージを考えながら書いて、大体15分くらいか。そうだな、オレもお礼のカードを書く時はそのくらいで書くよ。
ここに集まったカードは、ちゃんと数えてないけど80通くらいかな。クラスのみんなからは寄せ書きにしてもらったから、プラス数10通。合わせて100通と考えようか。
15分×100通で、1500分。その分、オレはみんなから貴重な時間を、気持ちを貰ったんだ。メッセージカードを書いてる時って、その人のことを考えるものだろ。
まさか、こんなに貰えると思ってなかったけどな! ちょっと驚いてるよ、あっはっは!
こんなこと、今しか出来ないから。この学校に通ってたって証が欲しかった。
ジャミル。オレ、長生きしてよかった。頑張ってきてよかった。途中で諦めて、投げ出してしまわなくてよかったよ。
だっていま、こんなに幸せなんだ。
エピローグ
12時の鐘が鳴った。
スカラビア寮は宴の余韻を残したまま、全てが眠りについていた。いや、ひとりだけ、例外があった。
初夏の夜風が晒された肌を撫でつける。手触りの良い絨毯に乗り、濃紺の星雲を駆ける者があった。
「綺麗だなぁ」
少年は無垢のままの短い髪を踊らせながら呟く。
前を見ていても、視界が滲んで、頭が痛くて起きていられない。絨毯の上に仰向けに転がり、使い物にならない目をそっと覆った。その燃える瞳から溢れた涙を拭う者は誰もいなかった。いなかったからこそ、少年は素直に泣けたのかもしれない。
「生きててよかった」
少年の呟きは、はるか遠く、空の先へと吸い込まれていく。絨毯はその一角を今日に持ち上げ、少年の片足に絡めた
「ほんとうに、生きてきてよかった」
幾年、幾百の時をこえ、星々は彼のために瞬く。
満天の星空は、彼の生を祝福する。
少年はその日、確かに世界でいちばん幸福だった。