距離近い子っているじゃん。クラスに一人くらい、その距離感どうなの? ってくらい、気が付いたら友達にべったりくっついてる子。
転勤族の父親の都合で色んな学校を渡り歩いてきたオレは、その分色んな学級に籍をおいて、いろんなクラスメイトを見てきた。一年間にクラスメイトになった子の頭数なら、この学園の中でトップクラスだと思う。いいか悪いかは別として。
さて、行く先々の学校で結構多かったのが、仲いい友達との距離感が近い子。無邪気で甘えん坊で、友達とするっと距離を詰めるのが得意な子。
オレの周辺だとそうだなあ……あ、ちょうどいた。
♢♢♢
あの子、カリム君。明るくて大らかで華やかな三大温和ボーイズの一角。
沢山いる兄弟の長男って聞いたことがあるけど、なんだかちょっと末っ子ぽいよね。まあ、本物の末っ子のオレが言うことじゃないけど。
カリム君は今、中庭のベンチに座って隣の友達が読んでいる本を覗き込んでる。オレはその様子を、適当な木の影から見ているって思ってね。
隣にいる子は、ジャミル君じゃないみたいだね? 俯いてるから顔がわかんないな。背が高くて、緑色の頭だから、リーチ兄弟の……
「ジェイド、難しい本を読んでるんだな」
「陸の生物学の本です。少し調べたいことがありまして」
緑色の頭の持ち主はジェイド君だった。カリム君はジェイド君に肩どころか右腕全部くっつけて、もたれかかるように本を覗き込んでる。まるでジェイド君に甘えてるみたいに。そう。いるの、こういう子。本人は何も思ってないのに、周りが勘ぐってざわざわしちゃうくらい友達と距離が近いの。
こういう時、くっつかれた方は照れたり嫌がったりするもんだけど、ジェイド君は嫌がらずにカリム君を支えてる。
「何を調べてるんだ?」
「このキノコのことを」
「どれだ?」
ジェイド君が指さした写真を見るために、カリム君が身を乗り出した。ジェイド君の足に手を置いて手前まで乗り出してる。なんだか小さい子がお父さんの膝に乗ってくるみたいなしぐさだ。ジェイド君もそう思ったみたいで、くすっと笑った。
「ん? ジェイド、なんかいいにおいするな」
カリム君が何かに気が付いたみたい。
「そうですか? 香水でしょうか」
「オクタヴィネルの奴らは洒落てるよなあ。アズールもなんかつけてたよな」
カリム君は話しながらジェイド君の方に顔を向けて、匂いをくんくんと嗅いでいる。カリム君って、子犬みたいなところあるよね。大人っぽいジェイド君と並ぶと余計小動物みたい。
「よかったらつけてみますか?」
「ほんとか?」
ジェイド君は鞄の中から小さな瓶を取り出した。オレでも知ってるブランドのちょっとお高いやつだ。ジェイド君達は小物のこだわりもすごいもんね。でも、香水って持ち歩くもんかなー。マメに付け直してたりするのかな?
ジェイド君はおもむろに手袋を脱いで、自分の手首に香水を振りかけた。
ん? ここはフツー、カリム君の手に振りかけるんじゃないの?
「かぶれるといけないので、最初はちょっとずつつけましょうね」
ジェイド君はカリム君の手首を掴むと、香水をつけた自分の手首をすりすり、とすり合わせた。
んん? んんんー?? なんかちょっと親密すぎない? オレもしかしてすごいもの見ちゃってる?
「ありがとうジェイド! やっぱりいいにおいだな!」
いや、今のどう考えてもマーキングじゃん! もしかしてジェイド君って、カリム君のこと好きなの? 近過ぎる距離感も香水のシェアも、わざとやってるってこと?
ジェイド君てば意外と束縛強い系なんだ。落ち着いて見えるからちょっと意外。好きな子と同じ匂いになるために香水持ち歩くとか執念を感じる。
「うーん、ジェイド・リーチの秘密、見たり……」
遠回しに独占欲を仄めかされてるのに、カリム君はそんなことに全く気付かないで、ふんふん、と手首の匂いを嗅いでいる。ジェイド君は相変わらずニコニコしながらそんなカリム君を見てる。
「ご希望があれば分けて差し上げますよ」
「んんー、オレはいいかな!」
「おや、よろしいのですか?」
「だってこれ、ジェイドのだろ?」
「僕とお揃いではご不満ですか?」
ジェイド君は拒否されてしょげた顔をした。それを見たカリム君が少し慌てる。強かなジェイド君がそんなことで落ち込む訳が無いし。あれはたぶん、泣き落とし。
「いいや。これはきっと、ジェイドに一番似合う匂いだなって思ったんだ」
すっきりしててカッコよくて、でも落ち着くいい匂い! カリム君は思いつくがままに匂いをほめちぎってる。朗らかな声には屈託がなくて、おべっかを言っている雰囲気はない。
(わ~、さすがカリム君。天然で誑し込むなぁ)
ジェイド君は……いつもの顔でお礼を言ってるね。カリム君の褒め攻撃を気にしているようには見えな……。
あ、でも……見ちゃった。ジェイド君の耳がちょっとだけ赤くなってるの。
……うんうん、色白だとすぐ赤くなっちゃうから損だよね。けーくんわかるよ。
「でも、せっかくいい匂いだから今日はこのままでいるな。ありがとう、ジェイド」
カリム君はトドメににっこりと笑った。そのあとすぐに、カリム君はジャミル君に呼ばれて行ってしまった。困ったような残念そうな、でも甘い表情のジェイド君を置いて。
♢♢♢
「アオハルだったぁ」
甘酸っぱい光景に胸焼けしちゃった。
確かに珍しいものは見つけたけど、これはマジカメのネタ向きじゃないな。可愛い後輩達のゴシップでバスっても後味悪いし。
これは秘密にしておこっと。