たっぷりの布が肩や腕にまとわりついて重い。海の中で着たら泳ぎづらいことこの上ないだろう。
(上品で素敵なローブなんですけどね)
いささか水や風の抵抗を受けやすいところが難点だが。ついでに飛行術が苦手な人魚の気分まで重くさせるときている。
「ジェイド、緊張してるのか? ほい、箒」
カリムさんが落ち込む僕を気遣わしげに覗き込む。体を捻ったせいで、両手に持っている花束がザワりと音を立てた。
「なぜこのような伝統があるのでしょうか。考えた人の気が知れません」
「ジェイドが愚痴っぽいなんて珍しいな」
僕は手を前に組んだまま口をきく。
穂の部分が豪華な花束になっている、誕生日祝い用の特別な箒。花を選んでくれたのはこちらを見上げてくる片想いの対象だそうだ。シックな色味は彼の中の僕のイメージなのだろうか。落ち着かない。ときめきのまま差出人ごと腕に抱き込みたくなる。
しかし、いくら彼から花束をもらえるとあっても、その草花が僕を地獄に誘うものなら受け取る気が起きない。このまま時間が過ぎて、飛ばなくてもよくならないかと不毛なことすら考えている。
「よーし、そんなジェイドにはカリム兄様が魔法をかけてやろう!」
カリムさんが少し低いところでニカッと笑う。貴方は僕の兄じゃないと言い返す前に花束を差し向けられた。風に乗って芳醇な香りがやってくる。
「いい匂いだろ? リラックスできる匂いの花を混ぜてもらった」
「……ええ、確かに安らぐ匂いがします。バラですね?」
「そうだ。持ってみろ」
渋々、箒を受け取り穂を振るうと甘い匂いが広がる。吸い込むと少しだけ沈んだ気が収まるような気がした。匂いはカリムさんの元にも届いたようで、彼も「いい匂いだ」とうっとり呟く。
「あとさ、内緒で箒にバランス強化の魔法を掛けておいたんだ。高い場所でも背筋を伸ばしていられるように」
「お気遣いありがとうございます」
カリムさんの気遣いは素直に嬉しい。祝われるのは嫌ではないが、醜態を晒すだけのこのプログラムだけは本当に気乗りがしなかったのだ。
「あとは仕上げだ。ジェイド、手を出して」
「こうですか?」
言われるがままに空いた手を差し出す。するとカリムさんは僕の手を取って軽く握った。
「うん、冷たくはなってないな。……この花束で空を飛ぶって聞いた時、きっとジェイドは上手く飛べるか不安がるだろうなって思ったんだ」
僕を包む手は少し熱くて、指先にじんと体温が乗り移っていく。僕はカリムさんの言葉と熱を黙って受け取った。
「せっかくの祝いごとなのに悲しい気持ちになってほしくなかった。だから、この箒の力で少しでも気持ちが軽くなればいいなって」
カリムさんは気合いを流し込むようにぎゅ、と手に力を込めた。
「カリムさん……」
恋しい人の名前が口を突く。
傍から見ればただ励まされているだけの状況だろう。しかし漂う華美な匂いがこの場を情緒的にしていた。僕を見上げてくるカリムさんの眼差しもいつもより慕わしげで、まるで恋人に労われているように錯覚してしまう。
「落ち着いて飛べばきっと大丈夫だから、自信持って……ジェイド?」
包まれた手を解いて指を絡ませる。密着させた掌は少しだけ湿っぽいが、今更どうしようもない。逸る気持ちも鼓動も全て花のせいにしてしまえばいい。
「カリムさん」
「うん」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「自信持てそうか?」
「はい」
「へへ、そっか。よかったよ」
カリムさんは嬉しそうにはにかんだ。照れた顔にたまらなくなって訊ねる。
「自惚れてしまいそうです。僕はこんなに想われていると。どうしてそこまで僕のことを?」
「いいのか? 知ったら飛べなくなっちまうかも」
カリムさんはゆっくりと目を細める。……この人は意外と凛々しい表情も作れるのだ。カリムさんの癖に。憎らしくなって手を口許に引き寄せる。爪の先に唇を寄せると、オーバル型の指先がわずかに跳ねた。
「それではパーティーが終わったらゆっくりと聞かせて頂きます」
「望むところだ!」
先程の甘い空気はどこへやら。色気のない力強さに笑いが出る。どうやらすっかり魔法にかかってしまったようだ。
「今のうちに外出届を出しておいてくださいね。夜通しお話いただくかもしれませんから」
目を見てそう伝えると、うるりと光が動くのが見えた。
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2022.11