楽器
先生の急な出張により授業が休講になった。次の授業までの合間、時間潰しにシルバーと中庭へ出た。
「いい天気だな」
「ああ、風が気持ちいい」
2人して林檎の木の根元に腰掛ける。気温は程よく、綿雲がのんびり空を渡っていく。
音楽があればもっといいのに、カリムはそう思って呟く。
「楽器があればいいのにな」
「カリムは楽器ができるのか」
「おう、昔から音楽は身近だったからな。うちの国の楽器の他にドラムもできるぜ!」
「そうか、いつか聴いてみたい」
シルバーが呟く。すると、近くの茂みから物音がして、2匹のリスが小さな木の板を伴って出てきた。上面に大きさの違う金属の板が固定さている。
「これは……楽器か?」
「おっ、カリンバか。シルバーのために持ってきてくれたんだな!」
カリムがリスから楽器を受け取る。金属を指で弾くと素朴な音がした。
「いい音だな」
カリムは故郷の歌を思い浮かべ、ゆっくりながら正確に旋律を追いかける。
「本当に上手なんだな」
「シルバーもやるか?」
「俺はいい。カリムの演奏を聴いてる」
「分かった」
カリムは鍵盤を弾いた。音楽は好きだし踊るのも楽器も好きだ。楽器を弾きながら、シルバーの元にやってきた小鳥達と一緒になって歌う。そうしているうちに隣から寝息が聞こえた。シルバーが寝てしまったらしい。
「寝ちまったか?」
カリムの声に反応して、シルバーはハッと目を開けた。
「……また寝ていたか」
「まだ寝てていいぞ」
次の授業まで半刻ほど猶予がある。今寝ていても咎められることはない。
「そうする。カリムの歌は心地がいいな」
「おう、ありがとうな」
シルバーは再び目を閉じた。カリムも楽器に向き合う。陽だまりに優しい歌が響いた。
「今日は一段とすげーっスね……」
遠巻きに見ていたラギーが苦笑した。あまりの別世界感に他の生徒がザワついていたことは、本人達の預かり知らない話である。
(これを書いた後に「☀️は熱砂の楽器(とドラム)しか弾けない」という事実を知り愕然としたのもいい思い出。
木陰のいらふわが好き)
ゆ(う)かいはん
ジェイドがその場に居合わせたのは偶然だった。
生徒二人が小競り合いの末、興奮した片方が魔法を放った。もう片方が避けた結果、カリムが流れ弾を食らった。魔法は生徒のユニーク魔法だったようで、カリムは子供の姿になってしまった。
『……なんだここは? 誰だ?』
カリムが何かを呟いた。熱砂の国の言葉だろうか。小さな子供が騒がず、静かに辺りを見回す姿は不気味である。
「……ええと、ここはどこだ? お前らの目的はなんだ?」
子供が言語を切り替えた。流暢な世界共通語、周りにいた生徒達がどよめく。
「金目当てなら装飾品をあげられるけど、今それ程手持ちがないんだ」
カリムは誘拐されたと思っているようだ。生徒達は不穏なカリムに動揺している。
(面白い、少し首を突っ込みましょう)
ジェイドは算段をしつつ子供に歩み寄る。そして目の前に跪くと、カリムと視線を合わせた。
「カリム様、お初にお目にかかります」
「……見ない顔だな」
子供に警戒心を持たせないよう柔らかく話す。
「カリム様の御身に危険が迫っている、ご自宅から離れた場所で警護をするようにと、当主様より命を受けております」
カリムは黙ってジェイドを見た。父の名前を出し、自分を守ると言った相手に警戒の色を解かない。随分場馴れしている。
「我が家の護衛の姿が見えないようだが」
「貴方のみを先に魔法で移動させました。後ほど、合流の手筈となっております」
「…………」
カリムは逡巡ののち、目の前の男に頷いた。
「信用しよう……世話になる」
「ありがとうございます。ここでは人目につきます。こちらへ」
ジェイドは小さな身体を抱き上げ、自寮で匿うためにその場を後にした。
「……目的はなんだ?」
移動中の廊下で、カリムが小さな声で聞いた。嘘がバレている。ジェイドは予想外の顛末に歓喜した。
「僕が楽しむこと、ですね」
ジェイドは不穏な本音を答えた。