フロカリ

ふかふか

 10月のとある日の放課後、カリムは寮生達とハロウィンウィークの衣装合わせをしていた。狼男をモチーフにした装束は衣装も装飾も素晴らしい仕上がりで、誰かに見せて皆の頑張りを褒めて欲しくなる。少しなら大丈夫だろう。よし、行ってこよう。カリムは寮生に声をかけ、寮を飛び出した。

 鏡を抜けて鏡舎に出ると、不意に隣から声が掛かる。
「ラッコちゃんじゃん」
 カリムが声の方を向くと、フロイドが鏡を抜けて此方に近付いてきていた。
「なんで耳と尻尾生えてんの?」
 フロイドは面白そうにカリムの耳を摘んだ。カリムは気を良くして尻尾をふさふさと動かす。
「狼男だからな。今から衣装をシルバーに見せに行くんだ!」
「クラゲちゃんに?」
 フロイドは少し声のトーンを落とした。んー、と唸ると、ポン、とカリムの肩に手を置いた。
「オレが自慢されたげる。今日なんか色々めんどくてぇ、サボる理由探してたの」
「大丈夫なのか?」
「しらね。ね、それ触っていい?」
「いいぜ」
 カリムがフロイドに背を向ける。フロイドの両手が白い尻尾を挟んだ。
「ふかふか~!」
「あははっ、くすぐったい!」
 フロイドが尻尾を撫でると、カリムが身を攀じる。
 フロイドは逃げようとするカリムを後ろから抱え込んだ。
「逃がさねぇよ」
 フロイドはカリムを抱えて鏡舎を出た。適当な芝生カリムを座らせ、その傍らに寝転がる。フロイドは尻尾に指を埋めた。
「ふかふかってー、海の中には無かったらおもしれー感じー」
「そうなんだな」
「いいねぇ、これ。枕にしちゃお」
 尻尾にフロイドの頭が乗った。カリムがむず痒さを訴えるが、フロイドはどこ吹く風だ。
「頑張って耐えて。そんで次はこーゆーの、先にオレに見せに来て」
「ん、いいけどなんでだ?」
「なんでもでーす」
 はぐらかすと、フロイドはそのまま居眠りを始めてしまった。こうなったら動かない。カリムはのんびり迎えを待つことにした。

(ふかふかのフカ、って言いたかっただけ)

 

 

おねだり

「ラッコちゃん、コレ見て」
 授業間の中休み。ティーブレイクと洒落込むべく水筒を傾けていたカリムは、隣席のフロイドが翳した携帯を覗き込んだ。海の写真だ。一頭のラッコが、小さなサメを抱きしめている。
「……ラッコってサメ捕まえるのか?」
 カリムは率直な感想を言った。フロイドが的外れな反応にむくれる。
「捕まえないし食べないって。つかさぁ」
 フロイドはにやにやしながら続ける。
「浮気じゃね?」
 フロイドは液晶をふりふりと揺らす。自分の可愛い恋人をからかうために。
「ラッコちゃんはオレのなのに? ネコザメなんかに抱きついちゃってさぁ」
「ええ、でもオレはフロイドの中ではラッコだけど、ラッコじゃないぞ?」
「ダメー、言い訳は聞きたくない」
 言いがかりをつけたフロイドは身を乗り出し、長い腕でカリムを囲い混んだ。
「ま、ほんとはこれに託けていちゃつきたいだけなんだけど」
「そうだったのか!」
 カリムは納得の声をあげた。そのまま至近距離で話しを続ける。
「フロイドはどうして欲しいんだ?」
「この記事にあるでしょ?」
 フロイドは画面をスワイプし、再度カリムに見せる。記事の下の方に、ユーザーのコメントが載せられていた。フロイドはひとつを引用して強請る。
「オレにもギュッとしてチュッして」
「ギュッとしてチュッ、か」
 カリムは周囲を見回す。他人の視線に慣れているはずのカリムにも羞恥心はあるらしい。そわりと視線を漂わせる様子は珍しく、なんだか魅力的だった。
「放課後でいいか?」
「いーよ、利子として倍してもらうけどいい?」
 フロイドは鋭い歯を見せ笑う。垂れ目のせいで不穏な表情が際立ち、色気を感じさせる。
「いいけど、倍でいいのか?」
 カリムは半ば当てられるように囁く。
「あは、過払いしちゃう?」
 フロイドはそのまま、カリムの腰に手を回して引き寄せた。

部屋でやれ、その場にいた全員が胸中で叫んだ。

(ラッコがサメを抱きしめたって記事がありまして、時事ネタ)