ハロウィーンが終わると、日暮れの速さが加速するように感じる。
11月5日。ハロウィーンの喧騒から落ち着きを取り戻しつつある学園。18時ともなれば外はとっぷり暗くなる。
「ジェイド!」
ジェイドが鏡舎に向かっていると、後ろから声がかかる。振り返ると、片割れのフロイドが、紙袋を片手にゆらゆらと追いついてきた。
「きぐう~、こんな所で会うなんて、さすが双子って感じ?」
「そうですね。部活、どうでしたか?」
「みんなでパイ投げした。魔法じゃないからユニーク魔法使えなくてさぁ、もう揉みくちゃ。シャワー浴びなきゃ出て来れなかった」
「そうですか。楽しかったですか?」
「あは、さいこー!」
フロイドが上機嫌に両手を挙げる。ジェイドはニコリと微笑んだ。
「誕プレもいっぱい貰ったし。アズールでしょ、金魚ちゃんでしょ、バスケ部の奴らからも貰ったしぃ」
「僕も、リドルさんとラギーさんからプレゼントを頂きました。サイエンス部の先輩方からも」
ふたりして紙袋を掲げる。今日収穫したプレゼント達が、誇らしげに胸を張っているようだ。
人魚だって誕生日を祝われたら嬉しい。特別な日なのは海でも陸でも同じことだ。
「コバンザメちゃん、モノくれるの?」
「山菜料理のレシピを。まだレパートリーをお持ちのようでしたので、折を見て聞こうかと」
「それさぁ、奪うの間違いでしょ~?」
「人聞きの悪い、少々取引するだけです」
ジェイドは眉根を寄せて微笑んだ。悪い顔、と横から茶化される。
「今日はいい一日でした。僕も楽しかったですし、何よりフロイドが、今日一日楽しそうでしたので」
「あは、オレもジェイドが嬉しそうにしてんの、嬉しいよ」
ほのぼのとした雰囲気も束の間。フロイドが真顔になる。
「でさあ、会えた?」
「いいえ」
ジェイドも真顔で首を横に振る。フロイドは嘆かわしいとばかりにため息をつく。
「なんも約束してなかったもんね。向こうから来るって思ってた」
それは由々しき事態だった。
今日一日、祝い事となれば一番に張り切る恋人の姿が見当たらなかったのだ。
「お誕生日おめでとうございます。フロイド」
「ジェイドも誕生日おめでとう」
いつものようにお互い一番に誕生日を祝って、去年と同じくアズールから一番にプレゼントを貰った。大きな水槽と高価な靴磨きセット。アズールは今年もプレゼント選びが上手だった。
去年と違うのは、2人に共通の恋人がいること。陸のラッコこと、カリム・アルアジーム。色んな壁を乗り越えて思い通じ合わせ、心を繋いだニンゲンの恋人。
ふたりは朝食を食べながら空想する。
「ラッコちゃん、今日はなにしてくれるかな?」
「まず、開口一番お祝いの言葉をくれるでしょう」
海にない赤い瞳をキラキラさせて、大袈裟なくらいに誕生を祝ってくれる。
「プレゼントは何くれるかな?」
「分かりません。カリムさんですから、きっと面白いものを下さるんでしょう。フロイドは何が欲しいですか?」
「ラッコちゃん」
「ふふふ、素直ですね。僕も同じですが」
「知ってる」
ふわふわと浮かれる2人。
横で話を聞いていたアズールは、はて、と首を傾げる。
「カリムさん、昨日からご実家に帰られていますよ?」
「え?」
「は?」
ズイ、と双子の顔がアズールに向く。アズールは無表情で続けた。
「昨日の寮長会議の時、カリムさんとジャミルさんが居ないからと、代理の生徒が来ていました。急遽、家に帰らなくてはならなかったようで」
「なにそれ聞いてないんだけど」
「僕もです」
よりによって誕生日なのに。それに、自分達は何も聞いていない。双子は不満を露わにする。
アズールはやれやれ、と肩を竦めた。
「一緒に過ごすと約束していた訳では無いのでしょう?」
「確かにそうですが……」
「ねー、それ、いつ帰ってくんの?」
「知りませんよそんなこと。お前達の誕生日パーティには出席するとの回答を貰っています。それまでには帰るのでは?」
「なら、仕方ない」
「お会い出来るなら」
「これはまあ、お前たちときたら。リーチ兄弟が随分牙を抜かれたものだ」
恋する幼なじみ2人を見て、アズールは馬鹿にしたように笑った。
「カリムさんを見かけたら、声をかけておきましょう。誕生日の恋人を放っておかないようにと」
そして少しだけ、慈悲の心をくれた。
カリムの来訪を待つこと11時間。
日が暮れてもカリムは現れなかった。
「ラッコちゃん、ぜんっぜん来てくんない!」
「午後から学校には来ておられたようです」
頬を膨らませるフロイドと、思案顔のジェイド。どちらにも、表情に不満が浮かんでいる。
「連絡もとれねーし」
フロイドの長い指がスマフォの画面をなぞる。マジカメのメッセージ画面。既読はついているものの、返信はない。
「なにかあったのでしょうか」
「それならウミヘビくんが部活出てねーよ」
ジャミルは部活に出てパイ投げに混じっていた。自分の誕生日に顔を狙われた腹いせに、同じ目に合わせようとしてきた。いい性格をしている。
ふたりしてため息をつく。恋人と初めての誕生日だったし、正直期待していた。今日くらい、あの子と一緒が良かった。
「……パーティには顔を出して下さるはずです」
「パーティ始まったらゆっくり話せねーじゃん」
話しているうちに鏡舎まで着いた。
ジェイドは自寮に向かう鏡の前に、誰かが蹲っていることに気がついた。白いカーディガンに埋もれる真珠色の短髪。彼を、見間違えるはずがない。
「ラッコちゃん……?」
フロイドが小さく呼ぶと、かの人はパッと顔をあげた。
「フロイド、ジェイド」
カリムは少しくたびれた姿で、恋人の名前を呼んだ。フロイドは息を吸い込むと、わっと吠える。
「遅い!!」
「遅くなってごめんな!」
カリムが心底申し訳なさそうに謝る。
「昨日の昼に、突然家からの呼び出しがあって。夜も動き回ってた! こっちに帰ってきて、逢いに行こうとしたんだけど、寝不足で実験ミスっちまって、放課後はみっちり補習だったんだ……」
「……フロイドに連絡も返せない程に忙しかったんですか?」
「うう、本当にごめんな……」
カリムが項垂れ、再び謝罪した。
よく見るとひどい格好だ。煤を鼻につけて、ターバンの結び目もよれている。夜更かしのせいか、目の下にクマが刻まれていた。
らしくない姿だ。本当に大変だったと見える。
フロイドもジェイドも、せっかくの誕生日にカリムが居なくてすごく寂しかった。でも、文句はここまでにした方が良さそうだ。
双子は目線で示し合わせる。話題を変えるため、フロイドがカリムの傍らの包みを指差した。
「ね、ラッコちゃん、それなに?」
「あっ、そうだ、プレゼント!」
カリムは立ち上がり、プレゼントの包みを持ち上げる。
「プレゼントが大きいから放課後に渡そうと思ってたんだ。きっと、ジャミルと同じように沢山プレゼント貰ってるだろうから」
カリムはリボンの色を確認してから、包みをフロイドに渡す。同様に、そっくりの袋をジェイドにも渡した。
「宴が始まっちまうと、主役は忙しいだろ? そうすると、ゆっくり話せないからな」
フロイドとジェイドは顔を見合わせる。カリムが少し前の自分たちと同じことを考えてたから。
「誕生日おめでとう、ジェイド、フロイド。生まれてきて、オレと出逢ってくれてありがとう!」
カリムが今日一番の笑顔で笑った。
恋人の想いに、心のささくれが溶けていく。
「ありがと、ラッコちゃん」
「ありがとうございます」
「今日は本当にごめんな!!」
「もういいですよ。忙しかったんでしょう?」
「ね、これ開けていい?」
フロイドが返事を待たずにリボンを解く。
「いいぞ、でも、時間は大丈夫か?」
カリムが心配そうにジェイドを見た。
「まだ時間に余裕はあります」
「……あ、楽器だ」
フロイドは、袋の中から現れた翠色の楽器を眺めた。
「ダラブッカだ! 前に、寮で一緒に演奏してくれただろ?」
「すげー色だね。オレらの頭の色」
「色々探してた時に見つけてな。二人の色だったから。ジェイドも同じ色が入ってるぜ」
カリムはそっと目を伏せた。
「ふたりと仲良くなったのは、うちの手伝いに来てくれた時がきっかけだっただだろ? ふたりは楽器ができるって聞いてたから、楽器にしたいなってずっと思ってた」
カリムがはにかんだ。
「うちの国では、その色はすごく好まれている色なんだ。二人の色が、沢山の人に愛されてるのが嬉しくて、それにした」
「ラッコちゃんの国の人の好みはわかんないけどさぁ……ラッコちゃんはオレたちの色、好き?」
フロイドの問いかけに、カリムは満面の笑みで答える。
「当たり前だろ?」
「……ん、あっそ」
フロイドは素っ気ない返事をする。だが、溶けるくらい優しい表情をしている。きっと自分も同じような顔をしている。とジェイドは思った。
「ジェイドにはウードにした。うちの国の弦楽器なんだ」
「カリムさんが式典で弾いておられたものですね。僕が弦楽器が弾けるのは、どちらで知られたのですか?」
「フロイドからだ。アズールと3人で、ミドルスクールの時に演奏してたって聞いた」
「あんな話、覚えてたの?」
「だって、3人の大事な思い出の話だろ?」
「……ありがとうございます、大事にします」
ジェイドはプレゼントを抱きしめた。3人の楽しい思い出を、カリムは当たり前のように大事にしてくれた。
アズールとフロイドを大事にするジェイドにとって、それはとても嬉しい事だった。
「なあ、時間は大丈夫か? せっかくの宴だし、主役が遅れるもんじゃないぜ?」
「だいじょぶだってぇ、パーティは7時からだし」
「カリムさん、パーティには来られますね?」
「当然! 喜んでいくぜ!」
カリムは元気に答える。
「では、寮までご一緒しましょう」
「つか、ラッコちゃんひでぇカッコ」
「ん? 何かついてるか?」
「鼻に煤が」
カリムが鼻頭を擦った。指についた煤を見るなり、苦笑いをする。
「……やっぱカッコつかないか、ダメだなぁ」
肩を下げるカリムの髪を、フロイドの手が混ぜる。
「オレらの部屋おいで。パーティ始まるまでに毛繕いしたげる」
「2人の準備があるだろ?」
「着替えるだけなので直ぐに終わりますよ」
「着替えてー、ラッコちゃん毛繕いしてぇ」
「ワイシャツも汚れているようですからお貸ししましょう。腕をまくれば動きやすいでしょう」
「……ふたりは優しいな。ありがとう。でも、いいのか? 主役にそんなことさせて」
次々提案する双子に、カリムは怪訝な顔をする。
「僕らがやりたいようにするからいいんですよ」
「ラッコちゃん、オレと同じ匂いさせてパーティ出てよ」
「僕のシャツを着てパーティに出たら、きっと皆さん驚かれるでしょうね」
「あはっ、ジェイド天才?」
「天才はフロイドですよ」
きゃっきゃと盛り上がる兄弟を見て、カリムはのんびりと言った。
「うーん、2人とも楽しそうだな?」
「うん、楽しい/ええ、とても」
「ならいっか。楽しいのが一番だもんな。よろしく頼むぜ!」
カリムは屈託なく笑った。
「ほら、行くよラッコちゃん」
そして3人は、海へと続く鏡の中へ吸い込まれていった。