ベノム、ポイズン、トキシック

ウィンターホリデー明け初っ端の中間試験、ジャミル・バイパーはどの試験でも概ね満点を叩き出した。どよめく群衆の中、腕組みしながら試験結果を確認するーー学年2位、リドルと僅差を争い、アズールとは同率2位だった。次に狙うは薔薇と深海の寮長の首塚だ。ジャミルは心の中でガッツポーズをキメた。
一方カリムはといえば。相変わらず平均点の辺りをふらふらさ迷っていた。リドルとアズールに勉強に付き合って貰っていたぶん、幾分か順位が上がっているが、まあまあのでき、というのは変わらないようだった。

「やった! 順位上がった!」

それなのに当の本人は低い程度で歓声を上げているのでおめでたい。傍らのリドルもつられて少し嬉しそうにしている。

「おめでとう、カリム。やればできるじゃないか」
「リドル達がたくさん教えてくれたおかげだ! ありがとう!!」

カリムはリドルに心から礼を言った。少し背の低いリドルに気を取られ、後ろから近付いてくるアズールに気が付かない。

「これはこれはカリムさん、そして学年首位のリドルさん。順位はもう確認されましたか?」
「含みのある言い方だね、アズール?」
「アズール! 見てくれ、平均点が10点も上がったんだ!」

カリムがアズールにテストの束を渡した。アズールは平均点よかちょっと高い点数を見て、ふうん、と頷く。

「貴方にしては頑張りましたね」
「ありがとう! すごく嬉しい!!」

嫌味混じりの言い方も、カリムからしたら褒め言葉にしかならない。アズールはやれやれと肩を竦めると、順位表を見上げた。

「カリム、今日はテストの見直しをするよ」
「おう! でも、いいのか? ふたりとも忙しいんじゃないか?」
「僕が依頼を中途半端にするとでも? 僕達を教師にしているんです。この程度じゃ終わらせませんよ」
「教えればその分僕の身につくからね。これは僕の為でもあるんだ」

あの気難しい寮長達があんなに目をかけるとは。カリムに対して甘過ぎだ。
後ろから観察していたジャミルは級友達をジト目で見た。

「ところでカリム」

リドルがすっと目を細める。

「魔法植物学の試験、かなり危ないらしいじゃないか」
「あ、それは大丈夫だ!」

ゴゴゴゴ、もといウギギギ、と負のオーラを纏うリドルに、カリムは朗らかに返す。

「先生が特別課題を出してくれるって!」
「課題? 聞いたことがありませんが」

アズールが首を傾げる。植物学の教員は変わり者で有名で、滅多に追試を行わないことで有名だ。ノームの様な容姿をしていて、生徒の間をひょこひょこと動く様子は愛らしい。

「なんでも、実地試験らしいんだ。これから内容を聞きに行ってくる」

カリムはにこりと白い歯を見せた。

「で、これが試験内容か」

昼休みの食堂は腹を空かせた生徒の群れでごった返している。調理場にほど近い机で、ジャミルはカリムが手渡してきた一枚の羊皮紙を睨みつけていた。

「10種類の毒の鑑定、全て当てられれば筆記試験の評価に関係なくSS評価をプレゼント……」

案内文には気楽な文体で、えらく不穏な試験内容が記されていた。無法地帯のナイトレイブンカレッジ、生徒が生徒なら教員の個性も大爆発している。
魔法植物学担当の教員も例外ではなく、彼は妖精なのに毒を好み、自分と同じように毒を制したものを見つけ出し、『遊ぼう!』とばかりに難題を突きつける困った先生だった。人外に、人間の倫理観を期待してもどうしようも無い。
常識人のジャミルはギリ、と歯を食いしばった。

「やるのか、お前はこれを」
「いや、一度保留にしてある」

カリムはビリヤニサンドを頬張りながら答えた。

「一度、ジャミルに話してから、って思って」

カリムの言葉にジャミルはフン、と鼻を鳴らす。こいつにしては悪くない判断だ。日程は明日の放課後。ちょうど部活も予定もない。

「どうするつもりだ」
「熟慮の寮長が赤点なんて、寮生に示しがつかないよな!」

オレはやるぜ! カリムは拳を握りしめた。
ジャミルは大きくため息をつく。この主人ときたら、他人の為に毒の鑑定を覚えてしまう超お人好しで、自分のことなんて二の次にしてしまう。そのくせ猪突猛進で、こちらの話を聞かないで走っていってしまう。そういう所だぞと、ジャミルは内心毒づいた。

「知ってた。止めてもやるだろ、お前は」
「出来ることで点数が取れるなら安いもんだろ?」

そういう問題なのだろうか。まあどうせ、こうなったら聞きはしないのだ。
ジャミルは説得を諦めて要項に目を落とした。試験にはふたつ条件がある。ひとつ、試験場は人払いをする。ふたつ、試験にはひとつだけ持ち込みが可能である。

「ひとつだけ、な」

ジャミルは文字を指でなぞる。

「勝手にしろ。俺も好きにする」

ジャミルは羊皮紙をカリムに押し返した。

「ありがとう、ジャミル。それで、作ってほしい解毒薬なんだけど」
「バカ言え」

机から身を乗り出したカリムの鼻を摘む。うぎゅ、と変な声を出す主人を嗤う。
アジームの優秀な従者として、バカをやる主人への最良の対応を算段する。

「持ち込まれるのは人間でもいいはずだ」
「……ジャミルも一緒に来るのか?」

カリムは渋った。ジャミルを巻き込みたくない、と顔に書いてある。

「俺は従者として、この話が出た時点で既に巻き込まれてんだよ。知らない所で死なれたら、俺はいよいよ首が吹っ飛ぶんだ」

ジャミルは腕組みをしてカリムを見る。

「せいぜい俺の優秀さを証明する手段になれ」

ニィ、と笑ってやれば、カリムはパァ、と破顔した。

「ジャミルは悪いヤツだけど、優しい奴だな!」

そして矛盾に満ちた言葉を吐いた。

ところで、食堂なんて誰が盗み聞きしているか分からない場所で不穏な話をするこの熱砂主従。
厨房の搬入口から、ふたりの会話を盗み聞くことが出来たことに気づいていなかった。

「…………なるほど、これは好都合」

背の高い黒い影は少し考えたのち、裏口から泳ぎ去っていった。