ジェイカリ1

商人

 金も宝石も態々魔法で作らなくたっていいのに。
 カリムは大釜から取り出した金に目を眇める。
 金の錬成が流行ったのは鉱山での採掘が命懸けだった昔のことだ。貴金属や宝石の類は錬成難易度が高く原価も高い。産出国から買い付けた方が利になる。
 カリムは小さな金を光に翳した。
(綺麗だな、北の国から採れる金に似てる)
 残念ながらこれの値段は天然ものには届かないだろう。人口よりも天然の金の方が高値がつく。金は現在値段が上昇傾向にあり、確か最近高値を記録した筈だ。金属は日々価格が変わるため、相場の確認は欠かせない。
 そういえば、家が持っている山脈から上質のサファイアが取れたと聞いた。あれ、どうなってただろう。
「綺麗ですね」
 つらつら考えていると、同じ釜を混ぜていたジェイドが声をかけてきた。長い指で錬成したての金の粒を摘んでいる。
「僕、黄金は好きです」
「アズールの魔法のことか?」
「ふふ、それもありますが」
 ジェイドは涼やかに笑うと、カリムに黄金を翳した。
「よくお似合いですので」
「ん、オレか?」
「ええ、そうです」
 ジェイドはそう言うと、小粒の金を白衣のポケットにしまい込んだ。
「宝物にします。内緒ですよ?」
「おう、分かった!」
 目の前の彼はその黄金にどんな価値を見出したのだろう。カリムは気になってジェイドに問うた。
「だって、カリムさんと2人で作ったものですから」
 ジェイドは色の違う双眸を細め答えた。
 何に価値を見出すかは顧客次第で、時に世間の価値相場は宛にならない。彼をこんなに喜ばせるものなら、これは間違いなく価値のあるものだろう。
「作る意味、あったな!」
 微笑むジェイドにつられてカリムも笑う。2人でニコニコしていると、後ろからピシャ、と鋭い音が鳴った。
「お前らに特別にお行儀を教えてやろう」
 金をパクるな、あと俺様の授業でイチャつくな! クルーウェルが通る声で吠えた。

 

 

お泊り

 カリムがオクタヴィネル寮に泊まることになった。一泊3万マドルで。
「宿泊費他2食護衛付き、支度の世話、毒味とサービス料込みだ。アジームの跡取りを泊まらせるんだ、安い方だろう?」
 依頼主の従者は札束の分だけ付加価値を要求してきた。当初はぼったくろうとしていたアズールだが、こう煽られたらしい。
「適当なことしたら、上流階級のやり方に順応できないとみなす」と。
「ふたりは仲がいいなぁ!」
 顛末を聞いたカリムは楽しそうに笑った。
 話を聞けば、カリムはジャミルの休暇を作ろうとしたらしい。しかしカリムの世話は誰がやるのかという話になり、冬季休暇の件で実績のあるこちらにお鉢が回ってきたとのことだ。
「ジャミルさんとしては、職務怠慢と言われない為の措置だと思いますよ」
 ジェイドは毒味を済ませたメインディッシュをカリムの前に置く。オマール海老のグリル。フロイドがフランベしたものだ。
 アズールは徹夜でプランを練っていた。人件費、宿泊費、サービス料……食材を高級にしても、なかなか額面に追いつかない。頭を抱える幼馴染を思い出し、笑いを噛み殺す。
「フロイドも高い食材が使えて面白い、と言っていました。僕的にも楽しいです」
「ううん、それならいいか!」
 カリムの手がカトラリーを操る。慣れているな、と感心した。
「夕飯の後は予定通り、身支度の練習をしましょう」
 アズールが付加価値として打ち出したのは、カリムに身支度の仕方を教えるというものだった。護衛も泊まり込みで行う。そのため、経験のあるジェイドが部屋係となった。
「こういうの、友達とのお泊まり会みたいで楽しいな!」
 カリムは大喜びしていた。友達とお泊まりなんて、したことがないという。
 ジェイドは無邪気なカリムに微笑む。ラウンジの利益にもなるが、なにより。
(好きな方と合法的に一緒に過ごせます)
 恋する咬魚はちゃっかり一石二鳥を得ていた。

 

 

執着

 また一緒にいる。
 リドルは魔法薬学室の片隅で机を囲む2人組を見つけた。同級生のジェイドと、同期寮長のカリム。冬のホリデー以来、彼らはなぜか一緒にいることが増えた。
 人懐っこいカリムが食い物にされていないか心配になって、リドルは声をかける。
「何をしているんだい?」
「お、リドル!」
「少々水質実験を」
 微笑むジェイドにリドルが胡乱な目を向ける。彼がただの水に興味を持つはずがない。案の定、ジェイドはにこやかに白状した。
「カリムさんのユニーク魔法です。枯れた樹木を3日で蘇らせます」
「なんだって?」
 リドルは眉間に皺を寄せる。
 ユニーク魔法はパーソナルなものだ。そして話が本当なら尚更、カリムの魔法は世の中に知られない方がいい。きっと色々なものを捻じ曲げ砕き、彼に悲しい顔をさせてしまう。仕組みも、解明せずそっとしておくべきだろう。
 リドルが睨みつけると、カリムが横から口を挟んだ。
「そんな大したもんじゃないぜ? それに、ジェイドの茸のためなんだ!」
「茸?」
「最近弱ってる奴がいるみたいでさ」
「カリムさんのお水ならと思ったんです。僕、彼が心配で食事も喉を通らなくて……」
 リドルは知っている。この人魚、昼に日替わり定食を2人分平らげていた。信用してはならないと、カリムに忠告しようと口を開いたその時。
「大丈夫です、リドルさん」
 ジェイドがカリムの両耳を塞いだ。リドルだけに聞こえるよう声のトーンを落とす。
「僕、この方を気に入ってるんです。せっかく興味が湧く人間に出逢えたのに、みすみす手放すわけがないじゃないですか」
「……そっちが本音か」
「人間でも、気になる相手のことなら何でも知りたいなんて、当然でしょう?」
 リドルは男の執着に気圧される。止めても色々無駄だろう。どうした? と能天気に聞くカリムに、ジェイドは何でもないと返す。切り替えの上手なこと、とリドルはため息を吐き出した。

 

 

添い寝

 フロイドが部屋に帰ると、兄弟が友達とベッドで寝ていた。
「おかえりなさい」
「えっ、なに、どういう状態?」
 フロイドは如何わしい状況に首を傾げた。しかし、よく見ると寝ていたのは小さい片方だけで、もう片方はすやぴよ眠る人間の傍らで身体を横たえているだけだと悟る。
「部屋に遊びに来たのですが、僕がお茶を取りに行っている間に寝てしまって」
「うん」
「起こそうとしたら寝ぼけて『にいさまがいっしょにねてやろうな』と。誘われるがままベッドに入ってあやされ、今に至るという感じですね」
 フロイドはきゃは、と吹き出す。
「あははっ最高! ジェイドねんねさせるとか、ラッコちゃん度胸ありすぎ~」
「僕もまさか、この歳になってあやされるとは思ってなくて吃驚してます」
「ね、面白いから写真撮っていい?」
 フロイドは返事を待たずスマフォを取り出す。ジェイドは止めないな、と思ったからだ。この片割れが今の状況を心底楽しんでいることなんか、フロイドには言われなくてもわかってしまう。
「カリムさんは僕が部屋に呼ぶ理由なんて、きっと想像もつかないでしょう」
「まあ、オレらがそもそも海に引き込むってねぇ」
 人魚は気に入った人間を海に持ち込むことがある。自寮は海の中だから、ジェイドは擬似的にカリムを海に引き摺りこんだともいえる。
「ジェイド、ガチなん?」
「でなければこんなこと許しませんよ」
 白い手が真珠の髪を慈しむのを、フロイドは画面越しに見ていた。
「あまり無防備にしていると、食べてしまいますよ?」
 フロイドは適当な、絵になりそうなところでシャッターを切る。端末の中に片割れの幸福が仕舞われた。
「ジェイドが楽しそうでなによりです」
「それ、僕の真似ですか?」
「似てるでしょ?」
「ええ、とても」
 ジェイドはカリムを起こさないようにそっと笑う。彼の吊りぎみの目尻からは、めいっぱいの幸せが溢れていた。

 

 

箱庭 ※ちょっと暗め

 橙色の洋燈の明かりが揺れる。
 雑多な道具に埋もれた部屋で、少年はひとり静かに目を閉じていた。
 生家には、”置き去りの部屋”と呼ばれる部屋がある。魔法で形作られた空間は時間が止まっているらしく、手入れの心配は不要だ。

 アジームという家は莫大な富と名声を生む反面、家を継ぐ者の一生を食らう。当主は人生を捧げ、毒や暗殺に相次いで見舞われるのだ。長男は代々「家と結婚する」と揶揄され、彼女へ”婿へ行く”者は、それが長男の宿命だと教えられて育つ。
 この部屋は、そんな婿入り前の少年達に与えられたものだった。
 少年--カリムも父からこの部屋を受け継いだ。6歳の時だ。辛い現実に心が軋みを上げた時、この部屋に逃げ、気持ちが落ち着くまで篭っていた。
 カリムは目を開け、無表情で手に持った硝子の瓶を眺める。それは、海を模したテラリウムだった。つい先程、異国の学園で出会った人魚から想いと共に受け取った。
『ご希望ならば、お家から寝取って差し上げます』
「……寝取るだなんて、すごいな」
 カリムの頬に朱が差す。カリムだって、彼が自らに向ける眼差しを愛していた。貰ってはいけない物を貰ってしまう位には。
「……酷いことしちまった」
 カリムは目を覆う。嬉しいはずなのに苦しくて、矛盾に心が酷く痛む。
(きっと心を返せる日は来ないのに)
 カリムは涙を堪え、椅子の肘掛を撫でる。この部屋のものは、ひとりひとつ、先代達が”置き去り”にしたものだそうだ。ついぞ捨てられなかった想いを残し、その存在を信じて胸を張る。誰かの柔らかい想い出に溢れた部屋に、訪れる度に慰められる心地がする。
 人並みの幸せを、知らない方が良かったのかもしれない。しかしカリムは、その幸せが何より大切だった。それはきっと、先代達もそうだった。

 カリムは立ち上がり、机の上に瓶を置く。テラリウムは部屋によく馴染み、カリムに微笑みかけた。
 そして涙を拭うと部屋を後にした。