PM19:00
宿泊日当日。
糊のきいたクロスに磨かれた銀のカトラリー。ジェイドは2人分の食器をテーブルに並べていく。
事前調査にて本人から挙げられた要望が「2人以上で食事をする」ことだったことを受け、ジェイドも一緒に夕食を摂ることになっていた。
「そんなことがあったのか」
ことの顛末を聞いたカリムは申し訳なさそうに謝罪した。
「ジャミルに結局仕事をさせちまったな」
カリムは短い眉を寄せる。
「オレ、ジャミルの休暇を作ろうとしたんだ。ジャミルの時間を取ってくれって。でも、オレの世話は誰がやるんだーって怒られちまって。寮生に手伝ってもらうって言ったんだけど、ジャミル納得してくれなくてなー」
ジェイドは毒味済みの前菜をカリムの前に置いた。焦るジャミルの表情が目に浮かび、笑顔で愉悦を隠す。
「なるほど、だから冬季休暇の件で実績のあるこちらにお鉢が回ってきた、ということですね」
「あの時は世話になったな!」
カリムはフランクに礼を言った。結構大変なことになっていたにも関わらず、引きずっている様子はない。
ジェイドは微笑んだまま席に着いた。
「さあ、頂きましょう」
「いただきます」
カリムが前菜を口にするのを見て、ジェイドも食事に手をつけた。
「ジャミルさんとしては、職務怠慢と言われない為の措置だと思いますよ」
「そうなんだかなぁ、そんなに気にしなくていいのに」
カリムはなおも納得できないと言った風情だ。
「気にするのが従者のお仕事でしょう。ジャミルさんのためを思ってサービスを受けられてはいかがですか?」
ジェイドは早々に前菜を平らげて席を立った。なかなか落ち着いて食事ができない。そう思っていた所で、カリムがひょい、と顔を上げた。
「それ、全部置いてくれていいぞ!」
「よろしいのですか?」
「そんなに気にしなくていいって言ったからな!」
「では、お言葉に甘えて」
ジェイドは皿をテーブルに並べていく。メインディッシュを机の中央に置いた。大きなオマール海老のグリル。2人用にと2匹分、厨房でフロイドが鼻歌交じりにフランベしたものだ。
「高い食材が使えておもしれーと、フロイドが喜んでいました」
「見たかったなあ、それ!」
カリムは邪気のない顔で笑った。
「アズールも面白かったですし」
あの後、アズールは徹夜でプランを練っていた。人件費、宿泊費、サービス料……食材を高級にしても、なかなか額面に追いつかない。頭を抱える幼馴染を思い出し、笑いを噛み殺す。
「なので僕的には大変楽しいです」
「ううん、それならいいか!」
カリムの手がカトラリーを操る。音を立てずにしなやかに動くそれを見つめ、慣れているな、と感心した。
「夕飯の後は予定通り、身支度の練習をしましょう」
悩みに悩んだアズールが付加価値として打ち出したのは、カリムに身支度の仕方を教えるというものだった。
「覚えたいって思ってたからすごく助かるぜ。でも、ずっと居てもらうの、なんだか悪いな」
「仕事ですから、なんら問題はありません」
本日のジェイドはカリムにつきっきりになる。設備的に身支度の世話や護衛を泊まり込みで行う事になるため、アズールとの相談の末、経験のあるジェイドが部屋係となったのだ。
ラウンジの方も、寮生のみでフロアを回しジェイドひとりがカリムについた方が売上になると踏んだ。
(まあ、それらは建前ですが)
全ては慕わしい相手のそばに居るための手段に過ぎない。ジェイドはカリムを安心させるため、にっこりと口角を上げた。
「カリムさんはお友達の家にお泊まりに来たつもりでいてください」
「お泊まり……!」
ぱちり、カリムが一対の紅玉を瞬かせる。
「オレ、友達とお泊まり会なんてしたことない!」
カリムは今にも踊り出しそうな声で話す。
「合宿はしたことあるけど、友達の家に遊びに行くこと自体、あんまりなくってさ」
ジェイドは無邪気に喜ぶカリムに微笑む。手放しに喜ぶ様子が愛らしい。
「お泊まり、楽しみましょうね」
「おう!」
カリムはぎゅ、と目を細めた。