手を並べる

「前から思ってたんだけど、デカいよな」
 手が。そんなことを言いながら、白い睫毛の下の瞳が僕の手を遠慮なしに観察してくる。グローブを外した僕の手が珍しかったのだろう。カリムさんはしげしげと僕の手を観察してきた。
「気にしたこともありませんでした」
 僕は前に手を翳した。節も傷も欠けもない、なんの変哲もない手だ。白い肌や短い爪はたった二年の付き合いだが、毎日見ていれば見慣れる。
「ほら、見てみろ」
 カリムさんは僕の手の横に自分の手を並べた。体格差があるから当然だろうが、添えられた手はひと回り小さかった。
「こうして重ねるとよくわかる」
 カリムさんは伸ばした手を僕に向けた。意図を組んで掌を合わせてやる。
「ううん、やっぱでっかいな」
 カリムさんの指先は僕の第一関節の中ほどまでも届いておらず、指の付け根も少しばかり下の方にあった。
 人種の違いは骨格や筋肉量にも現れる。人魚とはいえ、北方寄りの僕は上背があり筋肉がつきやすかった。逆にカリムさんはコンパクトに引き締まった身体をしている。
「人魚に戻ればもっと大きいですよ。爪も長いですし、水かきもありますから」
 重ねた指をほんの少しずらして、カリムさんの指の間に自分の指を滑らせる。
「握力も強いので人の手くらいなら容易に折れます」
 自分より高いカリムさんの体温に気を良くして、笑顔で教えてやる。こういう所が油断ならないと言われるところなのだろうが、これも僕なりの楽しみ方だ。
「今も、普通の人より力はありますけど……試してみますか?」
 カリムさんを揶揄うため、絡めた指に僅かに力を込めた。
「折られちゃうのは困るな。痛いんだぜ、折れる時」
 カリムさんは予想していたより落ち着いて答え、すっと手を離した。
「おや、残念です」
 せっかくの温もりが離れたことが寂しくて口に出す。
「そういや、シルバーも手がでかかったような……」
 脅されたことに特に気分を害する様子はなく、カリムさんは頭上を飛ぶ級友を探しはじめた。くだんの彼は実技を終え、煌めく髪を風に遊ばせながら下降しているところだった。
「オレ、ちょっと行ってくるな!」
 カリムさんはシルバーさんを追いかけて走っていった。僕はそんなカリムさんの背中を見つめる。
「言葉を選ぶ必要がありましたね」
 接触の機会は呆気なかった。もうちょっとだけ戯れるつもりで居たのだが、交流の選択肢を間違えたらしい。笑顔を貼り付けたまま小さく嘆息する。
(もう少し油断させる言葉が必要ですね)
 考察を巡らせ考える。無邪気な彼を安心させ、僕の隣に居心地を見出してもらえるような話題や技術を。
(好きじゃなきゃ、触らせないし、触らないのですが)
 牙を持たぬ輩を威嚇するなど造作もない。有象無象を寄せ付けても得はないし、騒がしいのはあまり得意ではない。なのに僕がにぎやかなカリムさんを邪険にしないのは、ひとえに好きな子が寄ってきてくれるのが嬉しいからだ。一緒に過ごせれば嬉しいし、触れてくれれば調子づいてしまう。
(……もっと長く繋いでいるにはどうしたらいいでしょう?)
 この掌は恋しい体温の味を知ってしまった。次はもっと長くその存在を自分の隣に縫い止めたい。
(こんな気持ちにさせてどうしたいんです?)
 僕は消えつつある熱を留めるように掌を握った。