「なんかの薬だ。ケルプの匂いがしたからたぶん海の。毒じゃないから答えられなかった」
どうだ? カリムが先生に尋ねた。
先生は答案用紙を見つめてプルプル震えている。
「ち、違ったか?」
ノーム教員は突如、どこからともなく大きな判子を出した。
ペタン!!
「SS!!」
カリムは答案用紙を奪う。満点だ。赤い朱肉で、大きく最高評価の文字が記されている。
カリムが破顔して、こちらを見た。
「……よくできました」
ぶっきらぼうに言うと、カリムはさらに笑みを深めた。
「おめでとうございます、カリムさん」
ジェイドが拍手をしながらカリムに近寄る。カリムの頭は達成感でいっぱいで、迫り来る脅威に鈍感になっていた。
「ありがとう、ジェイド!」
「ところでこの薬、なにか気になりませんか?」
「うーん、なんだろ? ジェイドは知ってるのか?」
「ええ、まあ」
ジェイドはカリムから瓶をすくい上げ、一気に中身を煽った。
「ジェイド!!」
カリムが声を荒らげる。ジャミルも咄嗟に身を固くした。
カリムは机を回ってジェイドに近付き、ジェイドから瓶を取り上げようとする。
その時だった。
ジェイドの手がカリムの両頬に回り、そのままぐいっと顔を近づけた。
(…………!?)
ジャミルは呆気に取られた。唐突に唇を奪われ、カリムはバタバタともがく。
ジェイドは暴れるカリムの鼻を指で摘んだ。だんだん息が苦しくなってきて、カリムが薄らと唇を緩める。
「ん、ふ……ぅ……」
その隙に、ジェイドが口内へ薬を流し込んだ。カリムの口端から、飲みきれなかった薬が流れ出る。
(俺は何を見せられているんだろう)
ジャミルは呆然と主人とその恋人を見ていた。
「恋人と毒が浮気する気分は如何ですか?」
カリムから口を離したジェイドがねっとり囁く。カリムは視線を泳がせ、逃げようとたじろいだ。
「こ、怖かった……」
「同じことをされた僕の気持ち、ご理解頂けましたか?」
「う、う……」
カリムはペタンとしょげ込んだ。
「ごめんなさい……」
ジェイドは珍しく怒りを露わにしていた。ジャミルは再び壁に背中を預ける。ことの成り行きを見守ることにした。
「僕、面白いことは好きですし、予想外のことは楽しくて仕方ないですが……大切な人が危険な目に逢うのは気分が良くありません。それが例え、ご自分の判断でも」
ジェイドは肩を落とすカリムに詰め寄る。カリムの口から小さく謝罪が漏れた。
ジェイドの言葉に相違はない。彼は非情で有名なオクタ寮悪徳3人組の中でも特に身内を大事にしている。オーバーブロットしそうな者を口で制止したり、良識が無い訳では無いのだ。
丁度いい、この際なのでこの無鉄砲な幼馴染を叱ってもらおう。ジャミルは横から口を挟んだ。
「寮長が赤点取ったなんて、寮生に顔向けできない。自力でなんとかしようと思ったらしいぞ」
「じゃ、ジャミル!」
「ほう、そんな見栄のために?」
ジェイドは完璧な笑みを浮かべる。むにむにとカリムの頬を引っ張り、カリムの自供を促した。
「……同じ寮長でも、アズールやリドルはすごく勉強ができるのに、オレが赤点取ったら寮生がバカにされる……」
ジェイドはいじめていた頬を両の手で包み込む。
「誰にでも得意、不得意はあります。この教科なら教えられますから、一緒に勉強しましょう」
「……わかった」
(こいつもカリムに甘い……)
ジャミルはため息をつく。少しでも情報を狭めるため、目をギリギリまで細めた。流れ出した甘い空気に砂でも吐きそうだ。
「ジェイドは優しいな」
「こんなことをされるよりずっといい。あまり、僕を虐めないでください」
カリムは感動に瞳をうるませた。ジェイドはわざとらしくため息をついて、カリムの肩に額を埋める。
「カリムさんが毒を飲むの、怖かったです。今日はうんと甘やかしてください」
「ん、ごめんな、あれ、ん、わかっ……」
ジャミルはカリムを注視した。なんだか様子がおかしい。目を見開き、不自然にびくびくと身体を震わせている。
「ところで、先程僕達が飲んだ毒ですが」
今までのしおらしさはどこへやら。ジェイドはぺたりといつもの笑みを貼り付けて言った。
「故郷の秘薬のひとつでして。僕らは程々に効くのですが、人間は少しの量で効果覿面でして」
カリムは真っ赤な顔をしてはひはひと息を荒らげている。立っているのも辛そうだ。ジャミルは猛烈に嫌な予感がした。
「ジェイド、これ、ぁ、すっごくつらい、あつい、ゾクゾクする、なんで、こんな」
「ふふ、正確には毒ではなく、媚薬です。なので熱くなって当然でしょう。人体に害はないので安心してください」
「オ、オレ、の、飲んじまった!」
それも結構な量だった。ジャミルは今度こそジェイドにドン引きした。この人魚、恋人に薬盛りやがった!!
ジェイドは床に蹲るカリムを軽々と抱き上げ、椅子に座らせた。さくさくと片付けを済ませると、再度カリムを抱え上げる。
「あ、動かさないでくれッ……っ……」
「ほら、カリムさん。僕の部屋に解毒剤があります。寮まで頑張りましょうね」
カリムは横抱きにされ、ジェイドの上着を頭から被せられる。微細な刺激にすら反応してしまうらしく、カリムがひっ、と声を上げた。
ジェイドは先生に挨拶をし、ジャミルに話しかける。
「お互い苦労しますね」
「どの口が」
確信犯の奴のこと、ここまで全て計画通りだった筈だ。無鉄砲で自分に頓着のないカリムを「分からせ」た上で手篭めにするつもりだったのだろう。
「やっぱり信用ならない……」
カリムを選んだジェイドも、ジェイドを選んだカリムも、とんでもなく悪食だ。
そんなこんなで、カリムは深海へ連れ去られていった。その後何が起こるかなんて想像したくない。なにか、お仕置とかなんとか言ってたけど、ジャミルは聞こえなかった。聞こえてないったら聞こえてない。
「……ま、ちったあ反省しやがれご主人様」
これから人魚の重い愛を押し込められるだろう主人に、ジャミルはざまあみろ、と舌を出した。