悪戯

 ハロウィーン、それはこの学園の一大イベントである。本来は子供が仮装をして民家を回り、お菓子を求める催しだが、ここは悪ガキの多いNRC。やんちゃな学生がお菓子を貰って満足する筈が無い。要は例年、悪戯の応酬で大騒ぎとなり、揉め事も増える傾向にあった。
 そのため各寮の寮長と副寮長は、イベントの日の朝にミーティングを行い、注意事項の確認や揉め事への対応法を共有をする。教師だけでは手に余る分、寮でも目を光らせろということらしい。そんなわけで毎年、各寮長は校内の見回りや仲裁など、面倒な役回りを押し付けられていた。

 早朝、ジェイドは鏡舎を出て鏡の間へ向かっていた。アズールはラウンジ運営の打ち合わせをすべく少し早めに校舎へ向かった。身支度を済ませたジェイドは寮生達に待機の指示を出し、一足遅く会議に向かう。
 一人で道を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「お、ジェイドだ!おはよう!」
 大好きな人の声に呼ばれてどきりとする。振り帰ると、目下片思い中の人間、カリム・アルアジームがこちらへ走り寄ってきた。
「カリムさん、おはようございます。素敵なお召し物ですね」
 今年のスカラビア寮の仮装は狼男だと聞いている。カリムの頭からは白い耳が生え、元々の耳の位置を隠すようにターバンが巻かれている。顔には赤いフェイスペイントがあり、エキゾチックな衣装も相まって、魔物というよりは神聖な獣のようだ。
「おう、爪もあるんだぜ!」
 そう言ってカリムはわおんとポーズを取った。ジェイドはおやおや、と感動詞を重ねる。いつもと違うカリムの姿に心がときめいていた。好きな子の特別な姿はこんなにドキドキするものらしい。
「とてもお似合いです」
「ありがとう、ジェイドはかっこいいな! オレ、白い服好きなんだ」
 なんの仮装だ? と聞きながら、カリムがジェイドの周りをくるりと一周する。まるで子犬のような仕草にジェイドの笑みが増す。
「マミー、ミイラ男です。人魚が乾涸びてミイラになる、というのは皮肉な気もしますが」
「確かに乾くと大変そうだな……」
 カリムが唇を尖らせた。しかしすぐにパッと顔を輝かせる。
「なあジェイド、アレやってもいいか?」
「アレ、とは?」
「へへ、トリックオアトリート!」
 カリムは笑顔で合い言葉を唱えた。ジェイドはふむ、と顎に手をやる。お互いに今日は忙しくなるから、やるなら今のうちかもしれない。
「ふふ、いいでしょう。では、トリートでお願いします」
「えっ、悪戯でいいのか!?」
 予想外の返答に驚くカリムに、ジェイドは微笑む。
 お菓子を貰って喜ぶ顔も見たいが、彼が自分にどんな悪戯を仕掛けてくるか、そちらの興味の方が勝った。
「お菓子は温存するようにとアズールから言われておりまして」
「んー、そっか、そうだよな……」
 適当に理由を作って話すと、カリムは唸った。まだミーティングまで時間がある。きっと大して悪いことはしてこないだろうと思い、ジェイドはカリムの悪戯を待った。
「じゃあ、帽子を貸してくれるか?」
「いいですよ」
 ジェイドは帽子を取ってカリムに差し出した。カリムは帽子を受け取ると、装飾の包帯をひとつ掬い取り、そこに唇を落とした。
「……へへ、どれにちゅーしたと思う?」
 カリムが軽く声を立てて笑い、帽子をジェイドの頭に深めに被せた。少しだけ、声が上擦っている。
「答え合わせはまた後でな! 先に行ってるぜ!」
 そう言うと、カリムは校舎に走っていってしまった。
(こ、れは……)
 ジェイドは酷く動揺していた。凄まじい不意打ちを食らってしまい、耳まで熱が上がる。
 彼のあんな様子は見たことがない。それに相手の持ち物に口付けるなんて真似、期待しない方が無理な話だ。ジェイドは早まる鼓動を抑えつける。
「ふふ、困りました」
 ジェイドはひとりごちた。今日はこれを意識しながら一日を過ごさなくてはならない。答え合わせはおそらくイベントが終わってからになるだろう。業務に支障が出たらどうしてくれよう。
 ジェイドは帽子を被り直す。呼吸を整えると、校舎に向かって歩き出した。

 全部が終わったら、お返しをしてあげなくては。今日は長い一日になりそうだ。

夢に出てきた推しカプのネタを捏ねた。
🎃イベ、イベストヤバかったな……
ふれあいコーナーは普段から愛玩動物だと思っていないと出ない感想だと思うよ。